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憧れ!

 投稿者:モボ101  投稿日:2020年 6月14日(日)16時52分38秒
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  1ドルが360円の固定相場の頃、朝日新聞社の「世界の鉄道」で見る海外の列車は、まだ憧れの対象にもなりませんでした。手の届く範囲の憧れといえば北の大地、なかでも道北や道東の日本離れした風景の中を走る北海道の列車。均一周遊券で乗れる急行列車と連絡船で行く北海道は、今のヨーロッパより時間距離が遠かったですね。
鉄道ファンに人気の列車といえば、函館-札幌間のうち山線区間がC62重連の牽引となる急行「ニセコ」。でも憧れの列車は、宗谷本線をスポーク動輪のパシフィック機C55が牽引し、札幌から日本列島の北の果て稚内に至る、夜行の急行「利尻」。当時の鉄道ジャーナル誌にあった「列車追跡シリーズ」には、夏季の多客時には増結車のため牽引機がC55の重連になるとのレポートがありました。乗車したのが8月も月末に近かったからか単機牽引でしたが、数少ない蒸気機関車が牽引する優等列車の乗車体験の一つです。
国鉄の蒸機終焉まで1年半となった1974年の夏には、急行「利尻」の牽引機はDD51に交代していたものの、旭川-稚内間の普通列車には、まだC55が健在でした。

1969/8 C5516(1次型) 急行利尻 幌延
1970/3 C5549(3次型) 急行利尻 稚内
1974/7 C5530(2次型) 321列車 美深

https://tabinoshasoukara.yu-nagi.com/

 
    (RRE) 北海道にはSLだけではなく、北の大地のイメージに憧れていましたが、何しろこちら関西からは遠く、
SLが健在な頃には残念ながら行けませんでした。
定山渓とか旭川とか、小生の好きな電化私鉄が早々と廃線となってしまったものその要因の一つです。
その反動か、学生時代に渡道した際は道庁に北大ポプラ並木、襟裳岬や知床等の観光地巡りに徹して
しまいました。
 
 
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