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内山のブログは以下に移動

 投稿者:うちやま  投稿日:2010年 2月19日(金)12時34分10秒
返信・引用
  内山裕之です。私の書き込みは以下に移動しています。
http://hirohiro55.cocolog-nifty.com/blog/
よろしく。
 
 

この日記の過去ログ

 投稿者:しろうとくん  投稿日:2009年 6月16日(火)10時47分26秒
返信・引用
   過去ログの保存方法を教えてください。  

日記の一本化

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 7月14日(月)23時17分1秒
返信・引用
  うっちーこと内山です。長い間、この日記を書いてきました。このHPは10年、この日記もそれに近い期間です。
 でも、世の中はブログの時代に入り、より使いやすく、また、日記の過去データを検索しやすいブログへ完全に私も移行しようと決意しました。
 しばらくはここも開けておきますが、現在、私は下記のブログへの書き込みだけになっています。昔の友人、教え子、知り合いの方で何年ぶりかでここに来られる方のために、しばらく閉鎖しないでおきますが、下記のブログが私の活動場所です。お知りおきください。
http://www.doblog.com/weblog/myblog/80477
 

落語風「メタ認知」

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 5月31日(土)23時45分40秒
返信・引用
  ゴン太がどんどん戸をたたいて
「先生おきてんか、おしえてほしいこと・・・あんねん」
「うるさいな朝っぱらから・・誰や。・・・・なんやゴン太か、どないしてん」
「先生教えて欲しいことあんねん。誰かがメタ認知、メタ認知いうて
訳の分からんことをいいよるねん。メタ認知って何でっか。」
「お前からメタ認知なんて難しい言葉が出るとはおもわんかったわ
・・・・・・お前がな・・・・メタ認知な・・・・お前がな・・・」
「そんなもったいつけんと教えてくれなはれ」
「そやな・・・たとえて言うとやな・・・・自分の考えていることを、自分の心
が天井の方から見ているような見方かな」
「自分を自分が天井で見るんでっか・・・幽霊でっか」
「幽霊やないがな。まあ、おちついて高いところから見渡すみたいなことや」
「高いところからでっか・・・・今、わい・・・心の中で、階段・・上ってますけど、・・・・・
 なんか足が震えてきました・・・・わし、高所恐怖症ですねん」
「あほか・・・・そんなこというてるんやない。落ち着いて自分の考えををみつめる
こっちゃ」
「それやったら分かります。失敗したとき落ち着いて反省してますから。
この前も酒飲みすぎて、夜中帰って、玄関で寝てしもて、嫁はんから朝、
ごっついおこられたんですわ。それですいまへんいうて反省しましたさかい」
「なんちゅう反省や・・・酒はほどほどにしとかなあかんな。まあ、そんな風に
自分を振り返り、自分の考えをええ方向に修正しようという考えのこっちゃ」
「認知の上の認知、自分の考え方を別の角度から見るっちゅうことやな」
「あわてて失敗ばかりする自分自身をちょっと横から落ち着いてみるちゅうこと
ですか」
「ええこというやないか、そや。そういうことや」
「分かることが何で分からんことが何かが分かったら、何を頑張ればいいか
わかるやろ。そんな見方をメタ認知いうんやな」
「ああ、なんとなく分からんことが分かりました」
「そうか、わかってくれたか」
「へえ・・・わからんかったことが分かりました・・・おおきに、それじゃかえります」
「あいつほんまに分かりよったんかな。まあ分からんことが分かったいうて帰り
よったから、分かったんやろ。もう一回寝ようか。ほんまに朝はよからきよって」
・・・・・・・・・・・
「メタ認知いうたら分からんことが分からんこととして分かったというこっちゃ。
なるほど、メタ認知はわからんこっちゃ。もしかしたら「めっちゃ認知症」の
略語でメタ認知なんやろうな・・・・めっちゃ認知症・・・メタ認知
わからんかった」
 

京都教育大講義1

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 5月31日(土)23時43分36秒
返信・引用
   31日土曜日、京都教育大の1時限目の講義。これは谷口先生による認知科学およびその実践であるイギリスのケース(科学教育に関する認知的加速)プログラム教育の講義でした。
 ピアジェの発達的認識「スキーマのネットワーク化」、そしてビゴツキーの「発達の最近接領域」、メタ認知、認知的葛藤・・・・等を土台にケースプログラムは開発されています。
 まあ、授業の上手な方は子供の目線にたって授業を始め、途中意外性のある事実を提示し、子供から「まさか!ええ?」と驚きと疑問の声を上げさせ、課題意識を持たせる。そんな工夫をしているものです。
 重要なのは、次に予測をさせ、どのような実験・観察で課題解決ができるか・・・・そこまで子どもたちに考えさせたいところです。
 イギリスのケースプログラムでは、「青年期の初めの頃、一生続く形式的、抽象的思考操作が可能になる。科学実験も確実に行えるようになり、「もし~であれば」と、いった、仮説演繹的思考も行えるようになる。」その時期に30時間の変数、相関、確率、モデル化・・・・などの能力を鍛えるプログラムをするということでした。
 

西宮の先生と出会う

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 5月25日(日)23時02分58秒
返信・引用
  25日(日)、ホームセンターで西宮の中学校のI先生(理科)に偶然でであいました。息子と理科の教材探し(筋肉と骨の勉強の材料探し)できているときでした。I先生は理科の教材研究に秀でた先生です。
 開口一番、I先生は私に言われました。
I先生「退職って聞きましたが、どうされたのですか?」
私「大学へ行っております」
I先生「准教授か何かですか?」
私「いや専任講師です」
I先生「思い切ったことをされましたね。大丈夫ですか?」
私「まあ、なんとかやっております。この6歳の息子のために、60歳停年では、やっていけません。60代も働くつもりですから・・・」
I先生「頑張ってください」
私「それでは」
 *****************************
 一般に講師というのは不安定に聞こえるようです。実は講師と准教授では月額では1万円5000円ほどしか違いません。専任であれば、それほど違わないのです。しかも私学は一人ひとり給料が違うようです。(隣の人の給料をのぞいたわけではありませんが)前の仕事を考慮されるのです。
 という私も実は「講師で大丈夫なのか」と思っていました。 1回目の給料をもらうまでは・・・。給料を見たとき、「家族を養える」と安心したのでした。
 でも、非常勤でつらい思いをしている方が大勢いることを、大学人になって初めて知りました。専任で入るということが、実は重要で、かつありがたいことなのです。
 私がこれからも前向きに頑張れば、60歳代も仕事があります。
 私は大学人としては新任です。気持ちと大学人としての文脈は若いのです。
 だから、初任者研修を受けている20代の先生のつもりで働いています。
 同じ職場には 70代の特任教授の先生が何人もおられます。
 大学の世界では50代はまだハナタレです。
 

京都教育大広木研の歴史

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 5月15日(木)00時32分3秒
返信・引用
   日本科学教育学会の会長さんは神戸大学の小川正賢先生です。彼の研究室に私は附属の頃、大学院後期課程の研究生として1年いました。そのとき、3年主任で進路指導で忙しく論文はかけませんでした。ただ、1日午前中に研究時間を与えられたので、東京書籍から「生物による環境調査事典」を出すことができました。
 その縁があってメールをしました。それで小川先生が京都教育大の広木先生にはとてもよくしていただいたという返事を受けました。全然しりませんでした。小川先生は広木研の先先代の大内先生(環境教育の草分け的存在)の京大における講義を受けて、時々研究室に顔を出していたそうです。それで、京大大学院から茨城大学に就職が決ったおり、内地留学で教育のことを先代の藤田先生や今の広木先生から学んだのだそうです。今は広木先生、村上先生というスタッフでこの研究室は成立しています。この研究室からは滋賀大学の市川智史、東京理科大の川村康文らがいたそうです。
 今の大学院のメンバーもきさくで、しかも頑張り屋、熱い若者ばかりです。私は仕事の合間に少しだけです(週3回夜専門)、会えるのを楽しみにしています。学びに歳は関係ありません。
 

京都教育大大学院講義

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 5月10日(土)21時41分49秒
返信・引用
  植物の検索方法、カリキュラムの学び、探求学習と金曜日(9時10分まで)と土曜日(午後1時10分まで)に学んだ。
 金曜日6時から7時30分は植物の検索方法の体験学習。
 ソメイヨシノ、ヤマザクラ、オオシマザクラなどのサクランボの味。カナメモチ、セイヨウカラシナ、ハルノノゲシ、コウゾ、ハルジオン、ヒイラギモクセイなど京都教育大キャンパスにある植物を無造作にとってきて、図鑑で検索する。私も大学でやっていきたい授業である。
 ハルジオンは茎をサッと切ってその断面を見れば、空洞になっている。葉が茎を巻いている。
 カナメモチは最近、ベニカナメモチといって鮮やかな赤い葉で庭木として人気だ。
 アメリカハナミズキ、これは花がおもしろい。
 セイヨウミザクラのサクランボをいつ食べられるか、毎日のようにヒヨドリが見に来るという。人間がちょうどおいしそうになったな、収穫しようと思ったとき、一足先にその朝一気に食べているという。時々、味見をした痕跡のある(くちばしの形のついた)サクランボが見つかるという。
 コウゾこれはクワ科の植物。カイコの学びをしていた頃、おなじみの木だ。クワとそっくりだけれど、カイコも実際、この葉は口にする。しかし、何がどう違うのか、クワのようにカイコは全うに成長しない。
 体験学習だから、あちこち、みんなが持ち込んだ植物で話が飛んだのでした。それもおもしろい授業です。
 

実名でどうどうと発言するぞ

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 5月10日(土)01時29分40秒
返信・引用
   私は「左巻さんのブロガーは実名で」という意見に大賛成です。
http://www.doblog.com/weblog/myblog/32167/2621595#2621595
 インターネットの恐ろしさは無責任な発言が大手をふるうところです。
匿名あるいはペンネームで誰かをいじめる、あるいは攻撃する、あるいは
ウソの意見を述べる・・・これらは本人の名前を明かさないから起こる
無責任なことです。
 要は何を言っても責任を問われる必要がない。だから、もともと道徳心
が欠落している人はええ加減な振る舞いをして後悔しないのです。
 でも、でもです・・・近々、そんな時代は終わると思います。というのは
 匿名のブログはその意見の信憑性で、のぞく人がいなくなるにちがい
ないからです。
 私はガラス張り、実名で本気で掲示板をつくり、書いています。
 私はこの掲示板で発言することにウソ偽りはありません。公にしてもかまいま
せん。そのような意志表示で書いています。
 「森の旅人」とか「必殺仕置き人」などというペンネームで文科省を批判
するブログがありますが、自らの所在を明らかにせず批判するせこい生き方は
ダメだと思います。その「密か」文化がいじめをうむ土壌だと思います。
 私は内山裕之をどうどうとさらけ、そしてどうどうと発言していきます。
 文科省の施策に正しいことがあれば、正しいこととして評価し、逆に
 過ちがあると私なりの判断で思えば、どうどうと意見を述べ、
この掲示板=つれづれ日記を公表します。よろしく。
 

第5期の理科教科書

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 5月 9日(金)12時21分40秒
返信・引用
  1987年頃出た教科書です。5期は4期からはじまったゆとりの学習内容がさらに進んだ感じです。第6期ほど簡単ではありませんが。
 私が教師を始めてすぐは第3期です(すぐ終わった)から3冊目の教科書です。いちばん馴染みがあるかな。でも、本当のところ、イオンでも炭酸イオンや硫酸イオン、イオン化傾向まで守備範囲で教えていたので、この教科書はものたりなかったです。
 高度な科学概念は教えるのが大変です。だから油断をすれば生徒から「わからん」「いっこもわからん」のブーイングのあらしになります。逆に言うと、上手に教えなければならない、だから工夫をしなければならない、教師の教育心を揺さぶるのです。
 5期や6期の簡単な教科書内容は、直感的に生徒がすぐ理解してくれます。先生も教えるのは楽です。工夫の必要も少ないです。でも教師も生徒も鍛えられないと思います。
 

近大姫路大学オープンキャンパス

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 5月 8日(木)23時26分10秒
返信・引用
  私は近大姫路大の教員です。私の所属する教育学部こども未来学科は小学校・幼稚園・保育園・養護教員を将来の職業にしようと考えている若者のために設置されました。この教育学部は昨年の年末のあわただしい12月に文科省の認可を得たばかりです。新しい学部の場合、学部施設や所属する教員の文科省審査がありました。それに通過できたことをうれしく思っています。
 さて、いつまでも続くわけではありませんが、ここ10年弱は教員になりやすい時代です。子どもが好きで、子どもと共に学び、歌い、走り・・一緒に泣き笑い、そんな生活を憧れる若者は教育学部に是非、来てほしいと思います。合格できるように、一生懸命サポートします。
 今はやる気があり、努力すれば、教師になる夢がかないやすいときです。是非、来てほしい。
 オープンキャンパスは5月29日(木)、6月21日(土)、7月12日(土)、8月23日(土)、9月7日(日)です。また、AO入試も行う予定です。
 近大姫路大学のHPはhttp://kindaikoutoku.ac.jp/です。
 教育学部の科目紹介に専任の先生方を紹介しています。学生80人の定員に30名ほどの教員。すごく家庭的ですし、教員一人あたりの学生数も非常に少ない。きめ細かい指導ができるところだと思います。若者よ、ぜひ見に来て下さい。
 

甲子園浜観察会依頼

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 5月 8日(木)19時41分21秒
返信・引用
  西宮市の東山台小学校の先生より甲子園干潟自然観察会のインストラクターの依頼を受けた。8月上旬である。甲子園干潟(浜も含めて)は南甲子園地域の方々が守り抜いた干潟である。本来はコンクリートの岸壁になていたかもしれない。それがすばらしい自然として残っている。そのことを伝える意味でも、これは良い依頼だと思っている。  

4月から免許更新制はじまる

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 5月 8日(木)14時07分21秒
返信・引用
   4月から免許更新制が始まっています。文科省のHPに書かれている内容は以下のとおりです。「さて、私は」と思ってHPを見ますと、昭和32年までに生まれたものは対象外のようです。だから、私は更新のための研修を受けなくていいようです。
 というより、大学側が免許更新制の研修の受け皿として動いていますので、教える側になりそうです。
 どのような形で、研修は行われるのか。やはり願いたいことは、先生方が自分で研修場所、研修内容をある程度、選べることが大切ではないでしょうか。やりたいこと、鍛えたいことを自ら選べる、それが身に付く研修になります。
 具体的なことはまだあまり決まっていないので、これからよく考えたり、いろいろな大学の情報を見たりしていこうと思っています。
****************************************
文科省の掲示から
平成21年3月31日までに教員免許状を授与された現職教員の方々へ
 平成19年6月の教育職員免許法改正を踏まえ、平成20年3月に関係省令が改正、制定されたことにより、平成21年4月から実施される教員免許更新制の具体的な運用形態が定まりました。
 これにより、平成21年3月31日までに授与された普通免許状又は特別免許状を持っている教育職員(国公私立の幼稚園・小学校・中学校・高等学校・中等教育学校・特別支援学校に勤務する校長、副校長、教頭、主幹教諭、指導教諭、教諭、助教諭、養護教諭、養護助教諭、栄養教諭及び講師(常勤及び非常勤))等の方々については表のとおり、各生年月日(栄養教諭は栄養教諭免許状を授与された日)ごとに応じて定められた年月日(修了確認期限)の2月前までの2年間内に各大学等が開設する30時間以上の免許状更新講習の課程を修了し、大学等から発行された修了証明書を添えて、勤務する学校が所在する都道府県の教育委員会に申請することにより、免許状更新講習の課程を修了したことについての確認(更新講習修了確認)を受けることが必要となります。
 校長、副校長、教頭、主幹教諭又は指導教諭等の職にある者は、各都道府県教育委員会に申請することにより、免許状更新講習の受講が免除されることがあります。
 なお、平成23年3月31日を修了確認期限とする方々(生年月日が昭和30年4月2日~昭和31年4月1日、昭和40年4月2日~昭和41年4月1日、昭和50年4月2日~昭和51年4月1日)が、平成20年度に文部科学大臣が定める者に関する告示(文部科学省告示第51号)の規定に基づき文部科学大臣が指定した講習(以下「予備講習」という。)を受講し、予備講習単独で、又は免許状更新講習と合わせて30時間以上の履修認定を受けた場合には、平成21年4月から平成23年1月31日までの間に勤務する学校が所在する都道府県の教育委員会に申請することにより、免許状更新講習の受講の免除を受けることができることとされています。
 

近大姫路大学に赴任して

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 5月 7日(水)23時12分36秒
返信・引用
   大学の先生になって1ヶ月が過ぎた。だいぶ慣れてきた。この大学はすごく家庭的で、しかもどの人も良い方々なので、すごく気に入っている。
 そんななかで一番気に入っているのが、過去の校風がないというところか。
 いちよう、近畿大学→近畿大学豊岡短期大学→近大姫路大という流れはあるものの、姫路ではできたてほやほや。だから、自分たちが校風を開拓できる良さがある。
 私は大学人としては新任だが、先輩がいて校風があって、「ここはこうなんだよ」「君の前の学校とは文化が違う。だから、ここでは、そんなんじゃ通用しないよ。」なんて、この一月、一度も言われなかった。
 こうすればという改善点を具申すれば何でも聞いてくれる。
 また、教育学部の専任教師が大勢なので、教師一人あたりの学生数はおそらく関西一少ないだろう。教師と学生の間が非常に狭いのだ。実に家庭的なのだ。
 だから、私が「HPは大事にしなければ」と申し立てれば、即座に更新させてくれた。学生と教師の自然旅行が大事だと考えれば、その企画をさせていただける。うれしい。
 ここ10年は小学校を筆頭に、公立学校の先生に非常になりやすい時代。とりわけ、男子学生の教師志望の受け皿の大学が関西では少ないので、近大姫路大学は来るに値すると思う。
 それにマンモス近大。前の学校と比べて給料が落ちるか、心配したが、ほっと胸をなで下ろした。基盤がしっかりしているのも、この大学の魅力のひとつだろう。
 

「スーパー理科教員」養成課程

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 5月 6日(火)14時34分25秒
返信・引用
   来年度から理工系の大学、大学院などに理科専門教員養成課程を設置するのだという。
 今日(5月6日)、散髪屋で順番待ちをしているとき読売新聞に書いてあった。
これは実に良い考えである。私も京都工芸繊維大学という理工系の大学にすすんだ。しかし、仲間の殆どが試験場か会社に就職した。一部に私のように教師になった者がいるが、
それはオーセンティックな道を歩まないアウトサイダーの少数派である。
 私は大学時代、勉強家ではなかったけれど、大学後半の頃、卒論、修論についた住本先生から学んだことは、その後の人生にとって計り知れないほど大きな財産になった。今でも感謝の気持ちでいっぱいである。
 教育と全く関係のないように思える大学で学んだけれど、理科の教師になったとき、その
特殊性が私の個性になり、理科教師としては非常に役だった。急がばまわれという。教師になる上で関係のない研究をすることも、実は今思えば良かった。
 この制度の充実に期待したい。
*****************************************
(2008年5月6日09時18分  読売新聞)
 来年度予算の概算要求に、理工系の大学・大学院などに、理科専門教員の養成課程を設置する費用を計上。各大学からアイデアを募集する。
 養成課程では、通常の小中高生の教育指導に加え、最新の科学知識に裏付けられた新しい実験教材の作り方や、科学への関心を引き出す指導法を学ぶ。
 カリキュラムの企画段階から地域の教育委員会と連携して、教育現場の声を反映させるとともに、学生が実際に教員に採用されやすいように工夫する。
 理工系の大学・大学院にも、中高校の教員養成課程はあるが、生徒に分かりやすく科学を伝える指導法を学ぶ科目は不足気味。卒業後は、多くが研究・技術職を選び、教員になる学生は少ない。
*****************************************
 

甲子園シギチドリ観察会

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 5月 6日(火)00時33分59秒
返信・引用
  第2回甲子園シギチドリ観察会を5月4日実施しました。小野さん、佐藤さん、寄木さん、山崎さん、釜渕さんご家族(ご夫婦と3人の子どもさん)、京都教育大大学院生(塩崎くん、佐野くん、竹部くん、佐田くん)、そして途中からバイクで参加した大西さんと私で15人でした。甲子園では先ず、干潟での生物観察。アナアオサ、イダテンギンポ、ヤドカリ、イソガニ、ケフサイソガニ、チチュウカイミドリガニ、テッポウエビ、タテジマイソギンチャク、クラゲ、カキ、アサリなどを確認。次いで海浜植物。ハマヒルガオ、コウボウムギなどを確認。続いて、鳥ですが、今年はシギチドリを多数確認できました。コアジサシ(多)、コサギ、アオサギ、カワウ(多)、ユリカモメ(大群)、ハマシギ(多)、トウネン(多)、チュウシャクシギ(11)、ダイゼン(1)、シロチドリ(6)、キアシシギ(7)、イソシギ(1)、キョウジョシギ(4)、それにカモ類など。続いて尼崎埋立地に移動。そこではソリハシシギ(1)、アオアシシギ(5)、コチドリ(多)、トウネン(多)、ハマシギ(多)、キアシシギ(5)、それにカモやサギの仲間。甲子園はチュウシャクシギを筆頭に海岸を好むシギチドリ、尼崎埋め立てではアオアシシギのような淡水を好むシギチドリが確認できました。今年は、昨年よりもたくさんの種類のシギチドリを見ることができ、来た方々には満足していただいたのではないかと思っています。ただ甲子園でよく見られるオオソリハシシギ、オバシギ、尼崎でよく見られるオオバン、オオハシシギ、ツルシギなどが見られなくて少し残念でした。来年もこの会は引き続き開催したいと思います。よろしくお願いします。  

第4期の教科書

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 4月30日(水)20時56分50秒
返信・引用
  第4期の教科書とは1980年前後に出された教科書です。第2期、第3期が非常に難しい内容だったので、理科嫌い、落ちこぼれが問題になりました。その反省にもとずいて、ゆとりをうたい文句に出てきた教科書が第4期の教科書です。
 ざっと眺めると、確かに第3期に比べて内容が削減され、すっきりしています。第1期から第2期にかけて、教科書を比べますと誰が見ても大きく変わったことを印象付けられますが、この第3期から第4期も大きく流れが変わったことを印象付けられます。第2期から第3期はそれほどでもありません。
 この4期の教科書、菌類が植物に入っているなど、分子生物学の成果はまだ反映されていません。
 

無法松の一生

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 4月30日(水)00時39分7秒
返信・引用
  私は年に一度、岩下俊作原作、稲垣浩監督、三船敏郎・高峯秀子主演の「無法松の一生」を見ることにしている。30歳ぐらいからだから25回は見ている計算になる。
そして今もクライマックスでは泣く。
 三船はいつも肩をいからせた男らしい武士の役が多いが、この映画では失望する初老のしぐさ、車引きの頭の低い姿など意外な面が見られる。だから、この映画で彼は演技派であることがわかる。
 眉間にしわをよせて、「俺についてこい!」的な役ばかり与えられるので、役者としては、本当はかわいそうだったのかもしれない。
 この映画、題名とは全然違う。松五郎は武家の未亡人に一目惚れをする。しかし、実は純情な松五郎は何も言えない。生涯、好きだったが、それだけで終わった。
 未亡人の「息子を強く鍛えてください」という言葉に、生涯をなげうって、子どもと関わったのだった。
 学芸会の場面が出てくる。ここでは「一ノ谷のいくさ破れ、落ち行く平家のもののあわれ・・・」を勇気を出して歌うことを伝える。
 運動会が出てくる。ここでは、へこたれず最後まで走り抜くことを伝える。
 授業風景が出てくる。ここでは、窓からのぞいて息子を思う親のような心を伝える。
 師範学校と旧制中学校の対決場面、ここではけんかはどう戦えばいいかを教える。
 小倉祇園太鼓では「みだれうちじゃ!」熱いところを魅せる。
 車引きが武家の未亡人に惚れる・・・・劣等感からか、いやいや純情なせいか、彼は何も言えず、好きになる自分の心を卑しいと責める、そして・・・・・歳をとって雪の中でのたれ死んだ。
 彼の部屋から出てきたもの。
 「なんてやつでっしょうか。あの松五郎は・・・。あの暮らしの中で奥さんと息子さんのために500円も貯金をしています。それに、あなたのところの奉公でもらったお金は、大事に、まるで宝もののように使わずにとっています。」「欲というもんが微塵もないんだから・・・・・」
 静かに未亡人は松五郎の遺体に近づいていく。そして、崩れるようにうつぶせて、
泣き崩れる。「私たちは何もしてあげられなかった」
 特撮のハリウッド映画は殆ど見るが、この映画の足元にも及ばない。ほんまに「無法松の一生」は素晴らし映画だ。
 この映画は1958年ベネティア国際映画祭金獅子賞を受賞している。
 

小田実その3

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 4月29日(火)01時17分1秒
返信・引用
  高校時代の友人が小田氏を批判して「小田実は日本に厳しく、朝鮮に甘かった。特に北朝鮮にね。内山はしらんのか。北朝鮮のことを褒めちぎっていたんやぞ。本当は大変な国やったのに・・・」と言った。
 その経過は公に出ている文章をたどれば、客観的な事実であるかどうかは明白だ。おそらく友人の言うとおり、小田実は朝鮮を買いかぶりすぎた面があるだろう。それは今後の研究にゆだねよう。
 私が言いたいのは、小田氏の娘さんの学習場面を3年間見てきて、また、保護者の動きを見てきて、小田氏がイデオロギーに凝り固まった政治家ではなかったということだ。わがままな方ではぜんぜんない。小田氏は優しい家庭人、感情あふれる市民だったと思っている。
 

小田実さん、その2

 投稿者:うっちー  投稿日:2008年 4月29日(火)00時02分52秒
返信・引用
   小田実さんは戦後焼け跡がむしゃら派だと思う。だから組合の書記長タイプではなくアジテータ、しかし笛婦けど踊らずで怒鳴っても市民や学生が知らんふりで通り過ぎられるようなアジテータではなく、その魅力で愛され、聞き耳たてられるアジテータ。別の言い方をすれば追っかけや熱狂的な大ファンにつきまとわれる魅力的なアジテータ。ロックンロールのボーカリストみたいなもんだ。
 彼の娘さんが「お父さん、日本がなっていない、とんでもない国、だめだ、だめだ・・・とばかり書いているけど、私、日本が好きなのに・・そんな国をどう愛すればいいの!」と言い寄られたらしい。それで、小田実さんは、「日本がダメだというのは真実なのだ」とは言わなかった。「そうだね、日本にも良いところがあるから、それも書かねばね」と言った。
 娘さんが中学生だった頃、彼はすでに60代半ばだった。だから、娘を愛おしかったのだと思うけれど、そこに私が何を見たかというと、彼は本当の意味で良い家庭人でもあったのだ。しかも、日本だけでない。アジア、世界を愛した家庭人だったのだ。彼こそグローバル人の元祖みたいな人だ。
 

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